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2005年09月19日

icon無駄というもの


 昨日は、こんな文で締め括りましたよ。

これからは、私は自然派として生き、マックなんぞも捨ててしまい、カメラなんぞも投げ出して……。

こんなことを書いた私であるけれど、結局、また、本日も、こうして、貴重な電気を消費している。私のこんな落書きみたようなものなんざ、余の役になど立つ筈もなく、資源の無駄遣い以外の何ものでもない。昨日は、真剣にそう思っていたのだし、今だって、そう思っている。昨晩、占然菜をつまみに澤乃井をちまちまと舐めながら、あれこれと考えた。ぽんこつの故障気味の頭を捻って考えて、多少なりとも思うところがありました。
 何が無駄か、と考えると、そうですな、つまみを喰うなんざ無駄である。つまみがなくたって、澤乃井てえものは大変美味しいのですからね。しかし、もう一歩進んで考えると、そもそも酒を呑んでいるということ自体が無駄である。呑まなくたって、何も困る訳ではない。そうやって考えると、あれですな、酒に限らず、食事だって全部無駄ではないか、とね。だって、そうでしょう。私なんざ、もう殆ど用済みの人間でしてね。社会のお役には立っておりませんよ。これは卑下して言っている訳ではなく、本当のことであります。確かに、全くの零だとは申し上げないけれど、限りなく、貢献度は無に近い。そう考えると、物を食べるのも、水を飲むのも無駄だということになる。つまり、生きていること自体が無駄だということになる。じゃあ、とっとと死にやがれ、ということになるのだけれど、そうするとそうしたで、後の始末に手間がかかる訳だし、きっと税金なども使って頂く仕儀にもなりそうであるし、あれこれと余所様のお手を煩わすことにもなるだろう。するってえと、死なない程度に細々と辛うじて生きている、というのが、一番世の為になるのかもしれない、などと思う。ううむ。なかなか難しい結論になりました。まあ、そんな結論になったと言いながら、先ずは貴重な紙資源と植物性のインクを無駄に消費して帳面に日記を書き、続いて電気を無駄に消費しながらマックを使ってここのブログに清書しておる訳である。私、自己矛盾を抱えつつ綴る老耄であります。ああ。

投稿者 nasuhiko : 2005年09月19日 19:06

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