2005年08月22日
新しい下駄
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前の下駄がつんつるになったもので、新しい下駄を購入した。驚きました。何とたったの八百円だったのである。八百円ですぞ。下駄というものも人気がなくなったのだなあ、と思ったものだけれど、どうもそういうことではなく、最後の一つだからだということでありました。最後の一つだと何故安くなるのか、というのは、よく判らない。靴ならば、サイズがあれこれあるので、一足だけ残ったら何かと不便だということはありましょう。けれども、下駄ですからね。尤も、下駄にだってサイズがない訳ではない。しかし、それにしたって、精々が大小。もしかしたら、大中小ぐらいの区別のあるものもあるのかもしれないけれど、私は見たことがない。殆どの場合、下駄なんざ、サイズは一つしかないもの。踵が食み出たって構いやせんのでありますよ、下駄や草履てえものは。
兎にも角にも、八百円で下駄が買えたということが、私に細やかな幸福感を与えてくれている。けれども、曲がり形にも桐の、鼻緒だってビニールなんぞではない、まともな下駄が、たったの八百円で買えてしまうのは申し訳ない、という気がしなくもない。下駄なんざ不人気で、職人さんたちの手間賃がどんどん下がっちまっているのだろうか。考えてみれば、近頃、下駄を履いている人をとんと見掛けなくなりましたな。ちょいと前までは……と言っても、かれこれ二十年程前までってぐらいだけれど……近所をほっつき歩く程度なら下駄履きって御仁は決して稀ではなかったのだけれどね。若い人が履かないのは解らなくもない。彼らは生まれてこの方一度も履いたことがないのでありましょう。下駄というものは履き心地も良いものだし、一度履けば常用するようになるものだと思うのだけれどね。ところが、どういう訳か、下駄履き経験のある筈の年輩の人ですら、今では下駄を履きゃしない。洋装だからではないか、と推測される方もいらっしゃるかもしれないけれど、洋装に下駄というのも珍しいものではなかったのであります、ちょいと前までは。近所での買い物程度なら、私は今でも洋装でも下駄履きであります。
私は下駄屋じゃないのだから、下駄を履け、履け、履きやがれ、などと言う心算は毛頭ない。けれども、もし、履いたことがない、という、履かず嫌いでのことであるのなら、そりゃ、下駄にとっても人にとっても不幸な話であるなあ、と、要らぬ心配をしておるのであります。
投稿者 nasuhiko : 2005年08月22日 19:27
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