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2005年08月05日

icon更に不覚は続く


 連日連日不覚続きで、我ながら、つくづく情けない。歳は取りたくないですなあ、などという泣き言はみともないものだということは重々承知しているものの、それでも、ぽろりと、歳は取りたくないものですなあ、と零したくなる。尤も、私の頭がぼんやりしておっちょこちょいなのは、今に始まったことではなく、小さい頃から、不覚の連続。昨日も不覚、今日も不覚、そして、明日も恐らく不覚、といような具合なのである。はは、ここまでくると、いっそ気持ちが良い、などと、莫迦なことを言って開き直っている。
 朝の水遣りを終えて、一段落だてんで、ごろごろしながら、本を読んだり、テレビを眺めたり、要するにだらだらしていたのだけれど、新聞や本が部屋の隅に積み重なっているのが、急に気になり出して、そう言えば、暑くなってからは掃除をさぼってばかりであるなあ、と思い至る。思い至るけれど、こう暑くては何もする気がしない。そのまま、猶もしぶとくだらだらしていたのだけれど、気になり出したのが止まず、新聞だけでも片付けようと、ちょこちょこと始めたのである。そうしたらですよ、出てきました。宮脇先生の番組の教科書みたような本である。すっかり忘れていた本が出てきて、そりゃ良ござんした、というようなものだけれど、良くないのは、放送を見わすれてしまった、ということである。次の放送までにこの本を読んできちんと予習のようなことをして臨もうなどと、殊勝なことを思っていたけれど、やはり、私は愡け茄子なのであります。
 くよくよしながら、本を眺めていたら、未だ再放送がある、ということが判明した。しかしですよ、これが宜しくない。午前二時からの放送なのである。私なんざ、特別な用事など何一つないのであるから、深夜だってかまわぬだろうとは言えるのだけれど、起きてられやしない。深夜に尿意を催して目が醒めるなんてことはちょいちょいあるけれど、そう都合よく時間を選んで起きられる訳ではないし、そもそも、そんなときは寝惚けているだろうから、テレビを見たって話なんぞ判る筈がない。嗚呼、つまり、もう宮脇先生の番組を見る機会はない、ということになるのだろうか。無念である。ぐずぐず言っていてもしかたがないから、この本をちゃんと読んで、地球を助けられるように森林作りに励もうではないか、と誓う。どうせ口だけだとお思いの方も多かろうけれど。

投稿者 nasuhiko : 2005年08月05日 17:59

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