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2005年06月25日

icon名人戦、ああ無念


 昨日は、生放送を見ながら呑み過ごしたために、案の定、深夜の結果発表まで起きていることは叶わなかった。それで、まあ、朝刊を見た訳であるが、嗚呼、羽生先生は勝てなかったのでありますなあ。私がふらふらと煽いだ扇子の起こす神風が足りなかったのかもしれん。残念だけれども、仕方がない。未だ未だ先生はお若いのだし、今後も機会は幾らでも訪れましょう。慰労会というのか、次回の成功を祈念するというのか、兎にも角にも、杯を干し、お疲れ様でしたな、と申し上げたい。先方では何のことだか判らないかもしれないだろうけれどね。こちらとしては、名人戦の名勝負に、きちんと鳧を付けたいのである。羽生先生の御健闘を労う会、というような看板を立てて酒を呑むのが何となく嬉しい、という幼稚な気持ちもなくはないけれど。

 しかし、こう暑いと気力が出ませんな。NHKは何故勝負の始まりから終わりまでを生放送しないのか、と、文句をつらつらと嫌みたらしく綴ろうかと思うのだけれど、暑さで筆が重い。喉が渇いて、ついつい澤乃井を口に運ぶ回数が増えるもので、酔いが進んで頭がもわもわしてくる。尤も、これだけ暑ければ、酒が抜けるのも早いのじゃなかろうか。いや、まあ、そんなことはどうでも良いのだけれどね。あれですよ、例えば、野球ですな。野球が悪いとは言わないけれども、毎日のようにやっておるもので、格別珍しいというものではない。なのに、である。試合が終わらなければ放送時間を延長したりしてね。一年に何百試合もあるだろうに、それでもそんなに優遇しておる。サッカーやテニスの試合だって他の番組を潰して延長したりしている訳である。然るに、将棋の、しかも、年に一度こっきりの最も権威のある名人戦でさえ、朝に一時間、夕方二時間しか、生放送をしないなんて、途でもない話ではないか。結果が知りたきゃ夜半のダイジェスト放送を見ろ、だなんて、ずうずうしいにも程がある。夕方の生放送が終わってしまい、生酔いの生枯れじじいの生煮えの心がむらむらとして、云わば、生殺しの状態。NHK、許すまじ。

 この悔しさを払拭するために、来年は、会場まで見に行ってみようか、と思ってみたりもするけれど、実際のところ、伊豆の河津町というのは如何にも遠そうであるし、出不精の枯れ木じじいが、そのような遠い地に自力で辿り着けるかどうか非常に怪しい。そんなことより、NHKが最初から最後まで責任を持って放送してくれさえすればそれで万事片が付くのである。何とかならんものか。

投稿者 nasuhiko : 2005年06月25日 18:39

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