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2005年06月06日

iconペルト、それにハーン


 昨晩は田村師匠は夕方過ぎに帰られたのだけれど、直ぐに電話がかかってきて、ペルトの演奏会をNHKで放送するという。先日お貸し戴いた『アリーナ』のペルトである。
 演じられたのは「フラトレス」とうい曲。拍子木がカンカンと静かに鳴り渡り、その響きに率いられるように音楽が流れ出す。『アリーナ』は雨の滴がゆっくりと心に染み込んでくるような作品だったけれど、こちらも胸に響きました。闇に沈みかけた夕景の中、担がれた棺を先頭に、静やかに葬列が町の中を墓地に向けて進んでゆく。人々は悲しみに包まれているのだけれども、必死に涙を堪え、拍子木のリズムに合わせて歩んでゆくのである。そんな光景が思い浮かんだ。物悲しく切々とした音楽である。美しい。
 演奏が終わると、司会者たちの話が始まるのだけれど、静けさの余韻を台無しにするような、ぎいぎいぎしぎしという椅子の音。音楽番組であるにも拘わらず、何だって、あんな五月蝿い椅子を使っているのだろうか。信じ難い悪行である。何しろ、音楽をしっかり聴こうと思って、普段よりも数段音量を大きくしていたものだから、あの椅子の軋りには閉口した。早急に新しい椅子を買ってきなさい、とNHKの人々に言いたい。途でもないことである。
 次は、プロコフィエフのヴァイオリン・コンチェルトであったのだが、番組の冒頭から、頻りに若き天才ヴァイオリニストと持ち上げられていたヒラリー・ハーンという女性の演奏である。さてさて、どんなものであろうか、と身構えていたのだけれど、驚きました。驚愕。仰天。物凄い人である。解説者があれこれと燥いでいたのも御尤も。プロコフィエフのどたばたと忙しく、かつ、その中に、情感をたっぷりと唄い上げるようなところもある、素人耳にも厄介に聞こえる難曲を、いとも易々と弾き上げる姿は、冷たくさえ見えるほどの余裕振りである。硬い音、柔らかい音。激しい音、優しい音。ああ、ヴァイオリンというものはこんなに豊かな楽器立ったのか、と痺れました。いや、私はハーン嬢につくづく惚れ込みましたよ。天才少女……私から見れば少女だけれど、二十五歳だということだから、天才女性と言うべきなのだろうか。何だか、妙な響きだね。兎にも角にも、素晴らしい。音楽でこんなにぞくぞくしたのはいつ以来だろうか。思い出せない。尤も、私の記憶はもやもやしていて思い出せないことばかりですけれどね。今日の昼は何を喰ったのだったか。笊蕎麦だ。

投稿者 nasuhiko : 2005年06月06日 17:10

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