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2005年06月01日

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 五十五歳は死ぬには些か若い。そうだけれども、勿論、世の中にはもっと若くして亡くなる人もいる訳であり、絶対に若い、とも言い切れない。そういう屁理屈を頭の中で捻くり回したりしてみても、結局、貴ノ花の死が、また、他のあらゆる人々の死が、どうにかなるわけではないし、その価値や意味がどうにかなるわけではない。当たり前だ。けれども、何とも遣る瀬無い心持ちがするのであります。少年花田を見掛けたことがあるだけで、話したことがある訳ではないし、熱心に欠かさず応援したという程の相撲好きだという訳でもない。ただ、御近所さんとして何となく親しみを覚えていたに過ぎないのである。しかも、偉くなってからはなかなか見掛けることはなかったし、この近所から引っ越してしまってからあとは出会うことは皆無になった。それでも、ワイドショーやニュースで貴ノ花のあれこれを振り返り見るに連れ、益々残念な気持ちが高まってきて、剰え、息子たちの会見の姿には涙してしまった。年が寄ると涙腺の閉まりが悪くなって困りますなあ。誰に見られる訳でもないのだからして、みともないということもないのだけれど、それでも、どういうわけだか少々気恥ずかしい。不思議なものだ。
 息子たちを見ていたら、突然、大昔のことをまた一つ思い出しましたよ。誰の優勝祝いだったのかは判然としないのだけれど、兎に角、二子山部屋で千秋楽のあとに祝いがあった。こんな時には鏡を抜いて振る舞い酒ですよ。こういうところが日本の素晴らしい慣習の一つですな。流石は伝統技能相撲である。あれあれ、話が逸れてしまった。二子山部屋は細い道が重なり合ったようなところにあって、周辺が人でごった返していたのですよ。後ろの方にいて中が良く見えない、ということで、二人の息子たちの、多分、お兄さんの方が、ブロック塀の上に腰掛けて騒いでいた。子供と言っても少々立派な体格をしていたもので、そのブロック塀が崩れてしまって大騒ぎ。てんやわんや。それから、どうなったのか、誰か怪我人でも出たのだったか、という辺りは、さっぱり思い出せない。調子に乗って呑んでいたせいかもしれないけれど、どうやっても思い出せない。あるいは、騒ぎになったところで、引き上げてきてしまったのかもしれないけれど、ううむ、どうだったかしら。こうやって、色々な思い出が記憶の中で曖昧に溶けていってしまうのですなあ。困ったことである。けれども、同時に、悲しいことや辛いこと恥ずかしいことを忘れられ、そのお蔭で何とか日々暮らせるってものでもあり、難しいですなあ。

投稿者 nasuhiko : 2005年06月01日 18:03

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