2005年04月12日
老人は早起き……
矢鱈に早く目が覚めた。暫し床の中でぐずぐずごろごろ転がったりしてみるものの、そのごろごろする様を自ら想像すると、余りにも情けないので、起き出すことにする。四時なんぞに目が覚めるのは老人である証拠だ。尤も、此方人等、正に老人であるわけで、考えてみれば当然のことである。寝床から這い出してはみたものの寒いし、暗い。表の様子を窺ってみたけれど、うっすらと雨が降ったり止んだりという具合。仕方がないので、ぼーっとする。暫し、ぼーっとするけれど、時計は一向に進まないようである。猶もぼーっとする。それでも遅々として時は停滞しているばかり。辺りが明るくなる気配など、微塵もない。もう暫く、と、更にぼーっとするけれど、事態に進展なし。ぼーっとすること自体が無駄なことだけれど、今日の「ぼーっと」は、いつの「ぼーっと」にも況して不毛に思われる。ぼーっとしていても、全く埒が明かないので、寒い中、傘を手に表に出る。早朝の散歩と言えば、聞こえは良いが、実のところ、やけくその散歩である。
兎にも角にも、えっちらおっちら歩く。若先生に、お酒を止めないのでしょうから、せめて散歩を、と強く勧められている。それも、のろくさのろくさ歩け、と。せっかちにすたすた歩くと、弱った膝や腰を益々痛めたりすることもある、とのこと。情けない話である。散歩で躰を痛める危険性があるなんて。
暫く歩いていると、驚くほど寒くはあるものの、まあ、これはこれで悪くはないかもしれない、と思えてきた。無目的にぶらぶらふらふら歩く。のこのことことこ歩き続ける。そして、ごみ置き場の前まで来て吃驚。何だ、これは。何なのだ、これは。空き缶の山ですぞ。週に一度限りしかない瓶と缶の収集日は、普段だって、山のように積み上げられているのだけれど、今朝のこの様子は尋常ではない。何なのだ、これは。四畳半ほどの範囲に渡って、空き缶が積み上げられている。所狭く、無理矢理にぎゅうぎゅう押し並べられているのがありありと見て取れる。ちょちょいと突いたらがらがらがっしゃんと崩れるに違いない。ほほう、殆どがビールなのであるな。なるほど、合点。これは花見の残滓なのでありましょう。人々が酔狂に騒いだ挙句の残骸がここに積まれているのである。瓶の方を眺めてみると、ほれほれ、こちらには清酒の一升瓶やワインの瓶が主立ったところ。そうなのだ。これらの酒は、この一週間に花見に伴って費消されたものなのである。中身は全て胃の中に収まり、容れ物はここに積み上げられる。この圧倒的な缶の大山、瓶の小山こそ、散り落つる濡れた花弁よりも何よりも、浮かれた日本の春の騒動の終わりを告げているのであります。そして、人々は有り触れた日常に戻り、木々は青葉を繁らせるのであります。さようなら、また、来年の春の日まで、と。
投稿者 nasuhiko : 2005年04月12日 19:01
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