2005年04月27日
CD46枚分7
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徒然と、本日も『新世紀ビジュアル大辞典』をあちこち拾い読みしている。当たり前のことだが、七十余年生きてきたとて、世の中は私の知らないことに満ち溢れているのである。勉強になります。尤も、今更、ちっとやそっと勉強したって、賞味期限は自ずと限られている。そういう意味では、私なんぞより、お若い人たちにこそ勉強してもらいたいものだ、などとね。考えてみれば、この硬化した脳みそといえば、覚えることよりは忘れることの方が多いだろうから、少しぐらい新しいことを詰め込んだとてどれ程の効果も期待できない。まあ、それでも、あっちを突っつき、こっちを突っつきして、ほほぅ、なるほどねぇ、などと、目新しい知識を楽しんでいる老い耄れである。
どんな辞典だって万全ではないのは仕方のないことだが、この辞典で腑に落ちないのは、四十雀の声である。私の耳が聞き慣れているものと、このCDの中に収められているものとでは、随分、違いがあるように思われる。文字で表せば、ツピツピツピツピーてな具合で、大差ないのだが、どうも違うね。先日、赤い秘密兵器で録音したものと聞き比べてもやはり違う。杉並の四十雀の方が良い声じゃないかね。そんな気がする。一体、この辞典の中の鳴き声はどこの四十雀のものなのでしょうな。もしかすると、関西弁だとか、九州弁だとか、鳥の世界にもそういうものがあるのだろうか。
またまた話が取っ散らかりますけれどね、郷土の訛りの痕跡というのはなかなか根深いものであるらしいですぞ。私は、この杉並で生まれ育ったものであり、杉並弁というのか杉並訛りというのはあるけれど、概ね、東京弁で話しているつもりでいるし、人にもそう思われているのではないか、と思う。けれども、二十年ほど前だったろうか、訛りを研究している国語学者の先生にお会いする機会があったときに、茄子彦さんの御先祖は二代か三代前には東北なのですねえ、とさらりと言われたのである。顔を合わせて、ものの十分ほどのこと。腰が抜けるほど魂消たのは、元を辿れば私の御先祖様は東北の出であるからである。この人は、超能力者なのか、それとも、私の言葉、私の喋りの中には、うっすらと先祖伝来の東北の言葉の名残があるということなのか。何とも不思議な、狐に抓まれたような心地がしたのであった。四十雀のお陰で、突然、妙なことを思い出しました。
投稿者 nasuhiko : 2005年04月27日 15:18
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