2005年04月26日
CD46枚分6
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『ご存じ古今東西噺家紳士録』でコンピューターのCDの味を占めて、注文してあった『新世紀ビジュアル大辞典』が届いたので、あれこれ弄ってみている。これはなかなか便利ですな。例えば、先頃新聞で話題になったキルギスという国を調べてみると、文字による説明ばかりでなく、国旗や地図を見ることもでき、国歌を聴くこともできる。今までだったら、キルギスてえところがあって、大変なことになっておるのだなあ、と、非現実の世界とまでは言わないものの、遠い世界での出来事に過ぎなかった。実際、遠い世界での出来事なのではあるけれど、こうして、情報を学ぶと、ニュースが流れたり、新聞で記事を読んだりする際に、少しは現実感を伴って接することができるような気になる。幼稚ですかね。
鳥も大変面白い。絵や写真が見られるだけでなく、鳴き声が聞けるのが素晴らしい。美しい声の例えにカナリアがよく使われる。カナリアのような歌声が……てな物言いがあり、そして、それを読んでわかったような気でいたけれど、よくよく考えてみれば、カナリアの声なんざ聞いたことがなかったわけでありますよ。それが、今は、違う。カナリアのような歌声が……なんてのを読むと、ふむふむ、ああ、あの、声ね、あの、ひょーひょーひょー、ひよっ、ひよっ、ひよっ、というような鳴き声だな、と。
しかしだね、よく考えると、そんなことを思いながら、本を読む必要はないし、本物のカナリアの声なんぞ知らなくとも、作者の言わんとするところはわかるわけだし、そもそも、書いている作者自身がカナリアの鳴き声を聞いたことがない、ということさえあるやもしれぬ。こんなことを考え始めたら、少々鼻白む思いがして、有り難みも半減してしまいそうだが、いやいや、やはり、本物のカナリアの鳴き声を知っていて、損はない。損はない筈である……と、思ったけれど、よく考えると、カナリアの声を知らない自分には、カナリアのような歌声が……という文章を読むと、夢のような、天から宝石が降るような、音や有り様を想像することも可能だったわけで、実物を知っていると想像に限界ができて物足りない、ということもあるかもしれない、という気がしてきた。いやいや、作者がカナリアのような、というのだから、天から宝石が降る、なんぞ、と想像する方がおかしいのである、とも思われ……ああ、何だか頭が痛くなってきた。一杯引っ掛けて、さっさと寝てしまおう。結局、私にとって大切なのは、真実だとか知識だとかよりも、一杯の澤乃井なのであります。
投稿者 nasuhiko : 2005年04月26日 19:12
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