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2005年03月05日

icon神風吹かす


 神風という言葉は、私のような年輩のものにとっては、少々恐ろしい響きの言葉である。けれども、敢えて、こういう強い言葉を使ってみたくなるような気がしたのである。この老い耄れが荒屋で扇子を煽ぐ、煽ぐ。風は、勿論、目には見えぬ。見えぬけれども、壁を越え、町を越え、どこまでも届くのである。昨晩、この風は、新宿を越え、千駄ケ谷に至り、羽生先生を後押しし、その一方で、佐藤康光棋聖を負かす力添えとなったに違いない。恐るべし、我が羽生扇子。まあ、こんなことを言うと、羽生先生は迷惑がるでしょうな。けれども、応援している私としては楽しくて仕様が無い。ここで一杯、二杯と盃を重ねがら、頑張れ羽生よ、羽生よ頑張れ、とゆらりゆらりと扇子で煽ぐ。それだけで、見よ、年末からの快進撃。羽生先生に最近の好調は羽生扇子の齎す神風のお蔭でしょうか、と、誰か尋ねてきてくれ給え。ああ、いや、それには及ぶまい。羽生先生は言下に否定されるであろう。そこがそれ、神風というものよ。人知の及ばぬところで働き掛けているのである。神のみぞ知る。はは。

 勿論、これは老耄の酔いどれた妄想に過ぎない。けれども、妄想結構。誰に迷惑かけるでもなし。今日も今日とて扇子をぱたぱたやりながら、澤乃井をぐびりぐびり、と。四月からは、いよいよ名人位奪還を目指して、子供大会の頃からの好敵手、森内名人との三年連続の対戦となる。

 しかし、あれですな。妄想結構、などと書くと、戸原のばか孫が着ていた不良の服に縫い取られていた「喧嘩上等」という金の刺繍を思い出した。私も今度「妄想結構」という金の刺繍を入れたどてらでも誂えようかしら。いやいや、羽生先生の「泰然自若」の代わりに「妄想結構」と入れた扇子でも作るのが良かろうか。

投稿者 nasuhiko : 2005年03月05日 22:28

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