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2005年01月24日

iconライヴハウスでギグ01


 「今度、友達と一緒にギグをやるんですけれど、よかったら、いらっしゃいませんか」と田村師匠からお誘いを受けた。ギグという響きが何とも奇妙であったけれども、前後の脈略から小さなコンサートのことである由は知れたので、喜んでお受けした。以前に、師匠のノートを拝見したときに、不思議なメモがあれこれあったので、それ以来、この御仁の音楽活動には興味津々だったのである。「目蒲線の線路のリズム」「活字乱舞」などとメモ書きされている創作ノート。表紙には「プレス工場」とある。私にはてんで理解不能だが、理解不能なだけにそこにある何かに大きな期待を持ってしまうとでもいうような。
 しかし、私のような老いぼれが訪うては、場違いも甚だしく、周りの人々の感興を削ぐのではなかろうか、と、そればかりが心配である。その旨を率直にお尋ねしたところ、「いやいや、音楽を楽しむのに年齢なんて関係ありませんよ。ぜひ、お越しください。意外に楽しめるかもしれませんよ。すぐ近所ですから、散歩がてらにでもどうぞ」との言葉。
 考えてみれば、全く以てありがたい話である。『日和見』で知己を得たお若い人々と交わるようになってから、本当に、いろいろと見聞を広めさせて頂いている。正直に申して、七十を過ぎてから何かを習い覚えようなどとはちいとも思っていなかった。マリが亡くなり、古稀が近づいた辺りから、新しいものに対する興味を失った。いや、失ったというより、新しいものには目を瞑るようになった、というのが事実である。酒を呑み、家にあるレコードやCDを繰り返し聴き、書架で埃を被っている本を再読し、古い映画を観るともなく眺める。そのような暮らしを主としていた。あまりに人恋しくなると『日和見』や『福寿庵』に足を運ぶ、という具合。その他にも二週間に一度、若先生のところに伺い、薬を戴いてくる。ただそれだけ。今、顧みても、薄ら寒い思いのする、独居老人の孤独な日常である。
 それが、どうだろう。今では、一方通行の、無手勝流の悪口狼藉による老耄日記を以て世界と繋がったような気分でいる。若い衆と本やCDの貸し借りをし、共に杯を干す。スパイの目をした他所様の猫とは蒲鉾を分け合う仲。空には銀色の飛行船。死者の霊が訪い、一献を交わしたり。ああ、何とも賑やかな生活である。もっとも、就寝前の蒲団の中で、この全ては幻覚でしかないのではないか、と不安に駆られることがないわけではないけれど。

 兎にも角にも、私はライヴハウスで行われるギグなるものに伺う所存であります。

投稿者 nasuhiko : 2005年01月24日 15:44

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