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2004年12月30日

icon下手の横好き

というほどの熱意はないのだけれど、将棋を眺めるのが好きである。やるのではなく見るのが好きなのだ。ルールを知らないわけではない。いやいや、勿論、知っておりますとも。小学生自分にはよく将棋をやったものである。中学に入ってから、ぱったり止してしまった。何か特別な原因があったのかどうか、思い出せない。
 テレビでの放送は気がつけば見るようにしている。NHK杯は決着が早いので大好きである。老人がぶつぶつと何事か呟きながら嬉々として眺めている様は、さぞかし異様に映ることだろう。しかも、私は限りなくど素人なのである。画面に向かって、「おおっ」「なんと」「ふうむ」「いやはや」などと独り言ちてはいるものの、全く勝手な解釈をしているだけで、実際の盤面上での趨勢や指し手の好悪には殆ど関係ない。解説者の説明を聞いて、なるほどなあ、と漠然とは思うのだけれど、その理解さえ合っているのかどうか心許ない。それでも御当人は楽しいのだから、将棋の魅力というのは不思議なものだ。いや、私の脳みそのぼけ具合が不思議なのだと言うべきかもしれないが。
 名人戦などのビッグ・タイトルも面白くなくもない。ただ、あまりに長期戦なので、見ていて疲れてしまうのである。二時間もすると、手持ち無沙汰に耐え切れず、呑み始めてしまう。で、結局、勝負が盛り上がる頃にはうとうとしてしまっている。馬鹿げた話である。
 そんなものよりも、面白いのは、将棋の日の催し、お遊び的な大会である。あれこれと手を変え品を変え、普通では有り得ないような場面もたくさん現出し、楽しませてくれる。しかし、それよりもさらに面白いのは小学生名人戦である。小学生と侮るなかれ、見かけと中味は大違い。彼らの指す将棋は子供の遊びなんぞではなく、未来の名人への一歩なのである。そうは言っても、小学生であるからして、喜びも悲しみも正直に表情に出るのが良いところ。親ばか気味な家族の声援もご愛嬌。
 記憶に明確に残っているのは、やはり羽生少年のことである。頭に赤いベレー帽か何かを被って、ちょいと傾いたような姿。今と変わらないと言えば変わらない。がっちりした森内少年と対照的だったから余計に印象深かったんだろう。羽生少年に次いではっきりと覚えているのは渡辺明少年である。小学生の時の同級生の誰かに似ているような気がする、些かぷっくりとした頬がとても愛らしかった。その渡辺明が早くも竜王という大きなタイトルを手中にした。奪った相手が小学生名人戦の先輩森内だったのも何かの縁かもしれない。渡辺明竜王を記念したものが何か売っていないかと将棋連盟のホームページを覗いたけれど、さすがにまだ用意されてはいないようである。あれこれ見回して、羽生先生の紺染の小振りの扇子を注文した。もう扇子の季節はとっくに終わってしまいましたけれどねえ。

投稿者 nasuhiko : 2004年12月30日 14:59

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