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2004年11月23日

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 風邪も治りかけくるてぇと、無抵抗にやられてばかりだった状態から、あれが喰いたいだの、誰か見舞いに来ないものかだのと、勝手なことを思い始めますな。そのくせ、いざ、立ち上がって何かしようとしてみると、一歩ごとに、あっちにふらふら、こっちでくらくら、という有り様で、厠まで辿り着こうとするだけで難儀する。用を足して床に戻った頃には、ふうふうぜいぜい。多少なりとも快方に向かってはいるものの、躰は言うことを聞いてくれない。

 寝込んでいると音楽だけが楽しみである。枕元に転がっているCDを取っ換え引っ換え聴くともなく聞いている。病床にあって、ジャンゴ・ラインハルトの『セプテンバー・ソング』を耳にすると、マリのことをどうしても思い出してしまう。人の命の長短にあれこれ文句をつけてもどうにもなるものではないけれど、それにしても、彼女の人生は少々短すぎた。美人薄命とはよく言ったものである。

 彼女が何くれとなく世話をしてくれる。そろそろお休みなさいな、一番のお薬は眠ることよ、などと……額に手を当て、あら、もう熱も下がったみたいね、などと……林檎をおろしましたから少しお上がりなさい、などと……。

 マリの手は何しろ白くて白くてつるつるしておったものです。もっとも、彼女以外の女性の手をしみじみ触ったり間近に眺めたことは殆どないわけで、比較のしようもない。記憶の川をどんどん遡れば、七十年ほども昔の母の手が思い浮かぶけれど、やはり、それも比較のしようがない、というより、比較の意味がない。母の手、それはやはり典型的な亜細亜人種の手ですから、ちっとも白くはありませんでしたな。肌色というよりは、寧ろ、茶色い、というような。

 私がどうにか治ってくると、今度は、彼女の方が倒れてしまう。私は、当時は料理など全くできませんでしたから、仕方がないので、店屋物のうどんで済ませたりすることになり、考えてみれば、マリには申し訳ないことをしました。パンとチーズとかカフェ・オ・レとか、具合が悪いときには本当はそんなバタくさいものを欲していたのではないか、と、今になって思います。まあ、今更云々しても仕方がないことではあるけれど。

 順番に風邪を引くぐらいなら、二人一緒にかかって一緒に寝込む方がいいね、と私が言うと、そしたら、看病する人がいなくなっちゃいますわよ、と答えるマリ。なるほど、確かにそうである。我が夫婦が順番に風邪を引くのは、効率が悪いようでありながら、実は合理的だったのかもしれない。
 こんなどうでもいいことをあれこれ思う、病み上がり切れぬ老人の妄想床、幽かに涙に濡れる。

投稿者 nasuhiko : 2004年11月23日 00:00

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